日本は、世界でも最も古い時期から大量に、かつ質の高い日記が作成され、残されてきた国である。そのため当然のことながら、日記は日本の歴史を解明するために欠かすことのできない史料の一つとして、同じく古くから数多く残されている古文書などとともに重要視されてきた。しかし、だからといって古来から残されてきたそれら日記の、日本における文化史的な位置付けや、社会史的な機能といったものが明らかにされてきたかというと、そうではないようである。
このような意見については、例えば『土佐日記』や『蜻蛉日記』などを例に挙げて反論される者も多い。確かに古典として認められている、これら平安時代の日記については実に数多くの研究がなされている。しかし、これらの少数の著名な日記は、周知の通り作者が同時性をもって記していったものではなく、後のある時期に一つの作品として仕上げられたものである。また、同時代に作成された日記のごく一部に過ぎないはずで、これらの作品を花開かせた数多くの無名の日記群が、これらの土壌として存在する。